新・四国土木紀行

新・四国土木紀行 四国地域の特徴ある様々な土木施設や景観,ニュース等を紹介するページ?

新・土木紀行は新しいページに移動しました。こちらのページも登録お願いします。https://www.facebook.com/JSCE7i2/
01/09/2026

新・土木紀行は新しいページに移動しました。こちらのページも登録お願いします。
https://www.facebook.com/JSCE7i2/

四国地域の特徴ある様々な土木施設や景観,ニュース等を紹介するページ

愛媛地区の白柳です。新・四国土木紀行 on Facebookをお届けします。今回は、愛南町の集落「外泊」をご紹介します。外泊は、愛媛県愛南町の西海半島に位置する漁村集落です。急斜面に家々が寄り添うように建ち並び、その足下には住民たちが積み上...
29/07/2026

愛媛地区の白柳です。新・四国土木紀行 on Facebookをお届けします。

今回は、愛南町の集落「外泊」をご紹介します。

外泊は、愛媛県愛南町の西海半島に位置する漁村集落です。急斜面に家々が寄り添うように建ち並び、その足下には住民たちが積み上げた石垣が連なり、独特の景観を作り出しています。

外泊は、江戸時代末期から明治期にかけて、東隣の中泊集落で人口が増えたことを受け、分家した人々によって開かれました。台風や冬の強風「しまき」から暮らしを守るため、各家を囲むように石垣が築かれました。石材には近くの山で採れる石が使われ、住民自らの手で積み上げられています。いまでも高さ約7mに及ぶ石垣が残されています。

かつては漁業や段々畑での芋栽培によって暮らしが営まれていましたが、現在では畑の多くが山林化しています。それでも集落を歩くと、石垣や斜面の痕跡から、厳しい自然と向き合いながら暮らしを築いてきた人々の営みを感じることができます。

【繁藤駅(高知県香美市土佐山田町繁藤)】JR四国の駅の中で最も標高が高い駅(347m)である繁藤駅を訪問した。車で高知方面から向かうと根曳峠(標高395m)まで曲がりくねった急な坂道を登り切り、峠を過ぎると今度は一気に下ったところに駅はある...
21/03/2026

【繁藤駅(高知県香美市土佐山田町繁藤)】
JR四国の駅の中で最も標高が高い駅(347m)である繁藤駅を訪問した。車で高知方面から向かうと根曳峠(標高395m)まで曲がりくねった急な坂道を登り切り、峠を過ぎると今度は一気に下ったところに駅はある。到着すると駅舎は立替工事中で、待合室や切符の販売機は見当たらなかった。ホームは2面3線であり、駅入り口側に単式ホーム1線、跨線橋を渡ると島式ホーム2線がある。跨線橋の上から全体を見ると、保線工事用(昔の貨物取扱用?)の線路もあり、構内は比較的広々としている。土讃線は単線であるため、列車行き違いのため特急列車も運転停車するようである。
時刻表を見ると、1日に停車する列車は上り下りとも4列車ずつであるが、その横に貼っていた特急列車の通過本数の方が圧倒的に多い。やはり土讃線は、高知と高松や岡山とを結ぶ動脈であるのには間違いない。
繁藤駅は昭和47(1972)年7月の集中豪雨による土砂崩れにより、駅舎や停車中の列車が呑み込まれ、列車は駅東側を流れる穴内川まで押し流されたようである。駅の北側(徒歩5分程度)には、この災害で亡くなった方々の慰霊塔もあり、毎年、慰霊祭が行われているとあった。
また、ずい分昔ではあるが、駅南側からは石原満俺専用鉄道(昭和27年頃廃止)が運行され、穴内川上流の黒滝周辺で採掘されたマンガンを輸送する貨物鉄道が運行されていたようである。鉄道遺産のようなものが残っていないか少し散策したが、草木に覆われ確認することはできなかった。ご興味ある方はぜひ訪問下さい。

【西ヶ方駅(高知県四万十市西土佐西ヶ方)】JR四国の予土線で、高知県と愛媛県の県境にあり、高知県側からすると最後の駅となる。また、JR四国の高知県内の駅では最西端となる(宿毛駅は土佐くろしお鉄道)。駅に到着してまず驚いたのは、駅前の広場とホ...
21/03/2026

【西ヶ方駅(高知県四万十市西土佐西ヶ方)】
JR四国の予土線で、高知県と愛媛県の県境にあり、高知県側からすると最後の駅となる。また、JR四国の高知県内の駅では最西端となる(宿毛駅は土佐くろしお鉄道)。
駅に到着してまず驚いたのは、駅前の広場とホームがそのまま直結しており、駅舎や改札口はない。また、単式ホーム1面1線の駅ではあるが、ホームはけっこう長くて100mほどあった。その中央あたりに、簡易な待合所がある。線路敷きは雑草が多く生えており、ローカル線の雰囲気を十分感じ取れる。駅時刻表を見ると、下り上りともに2時間に1本列車が来るようである。駅の東側は四万十川の支流である広見川が流れているが、ホームからはその景色は見えない。
駅の外は民家がいくつかあるのみで商店等もない。駅のすぐそばにあった小学校も10年以上前に廃校になっている。ここ数年の1日の乗降客数はほんの数名のようであるが、予土線とともにこれからも存在してほしいと感じた駅であった。ご興味ある方はぜひ訪問下さい。

愛媛地区の白柳です。新・四国土木紀行 on Facebookをお届けします。今回は、宇和島市の津島町岩松伝統的建造物群保存地区をご紹介します。岩松の町並みは、愛媛県南予地方のリアス海岸へと注ぐ岩松川河口部に位置しています。14世紀中頃には農...
24/02/2026

愛媛地区の白柳です。新・四国土木紀行 on Facebookをお届けします。

今回は、宇和島市の津島町岩松伝統的建造物群保存地区をご紹介します。

岩松の町並みは、愛媛県南予地方のリアス海岸へと注ぐ岩松川河口部に位置しています。14世紀中頃には農村が形成されたと考えられていて、貞享元年(1684)には、豪商・小西家初代が酒造業をはじめました。これを契機に町が発展し、江戸後期から近代にかけて製蝋業、新田・塩田開発、酒造業によって繁栄し、周囲の集落の物資が集まる拠点として栄えました。

現在の岩松には、天が森と岩松川に囲まれた限られた土地のなかに、江戸末期から昭和初期に建てられた伝統的な町家が残っています。さらに、谷筋に立地する農家住宅、寺社、近代の洋風意匠を取り入れた店舗や医院、近世の地割を今に伝える芳原溝などの水路を形成する石垣が一体となり、歴史ある景観をかたちづくっています。
典型的な町家では、2階全体を座敷とした接客空間が設けられ、窓からは目の前を流れる岩松川の風景を切り取るようにのぞむことができ、川と共に暮らしてきた町の姿が、建物のつくりに表れています。

こうした伝統的建造物群と岩松川、そして周囲の山林が一体となって生み出す歴史的風致が高く評価され、令和5年(2023年)に伝統的建造物群保存地区に選定されています。

徳島地区の井上です。新・四国土木紀行 on Facebookをお届けします。今回は、徳島城の山城跡をご紹介します。徳島城の山城跡は、徳島城跡の一部であり、徳島市街地の中心部にある標高約61mの城山に残されています。徳島城跡は、城山を中心に築...
31/01/2026

徳島地区の井上です。
新・四国土木紀行 on Facebookをお届けします。
今回は、徳島城の山城跡をご紹介します。
徳島城の山城跡は、徳島城跡の一部であり、徳島市街地の中心部にある標高約61mの城山に残されています。徳島城跡は、城山を中心に築かれた戦国末期から近世の平山城跡です。徳島城は、天正13年(1585)に阿波へと入国した蜂須賀家政により、築城されました。それ以降、明治に至るまで約280年の間、徳島藩主蜂須賀家の居城でした。山城部分に本丸・東二の丸・西二の丸が存在し、城山頂上に本丸が置かれていました。城山は、形がイノシシに似てることから「猪の山」とも言われ、また、その地勢が中国の謂水の風景に似ていることから「謂津」ともいわれるそうです。石垣には阿波の青石が使用されており、美しい景観を形作っています。
出典:
1) 徳島県観光情報サイトHP
2) 文化遺産オンラインHP

住所

Takamatsu-shi, Kagawa

ウェブサイト

アラート

新・四国土木紀行がニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

事業に問い合わせをする

新・四国土木紀行にメッセージを送信:

ショートカット

共有する

カテゴリー