KAZ "El Viento"

KAZ "El Viento" スペインを主に、イベリア半島中を隅々まで巡り、風と光、土の匂いを感?

立秋過ぎても、暑中お見舞い申し上げます。猛暑日続きに加えて、南海トラフ巨大地震注意報まで出ましたが、皆々様日々を大切に良いお盆休みをお過ごし下さい。,La Mancha,España
09/08/2024

立秋過ぎても、暑中お見舞い申し上げます。
猛暑日続きに加えて、南海トラフ巨大地震注意報まで出ましたが、皆々様日々を大切に良いお盆休みをお過ごし下さい。
,La Mancha,España

Os deseo un feliz año 2024.
01/01/2024

Os deseo un feliz año 2024.

Por fin se ha publicado el octavo libro digital de nuevo en Amazon kindle. "El Viento que Recorre España 1993-2023"http:...
19/03/2023

Por fin se ha publicado el octavo libro digital de nuevo en Amazon kindle.
"El Viento que Recorre España 1993-2023"
http://www.amazon.es/dp/B0BYWJDW5M

Amazon kindle より約3年振りに新作電子写真集をリリースしました。
El Viento que Recorre España ( スペインを巡る風 ) 1993-2023
http://www.amazon.co.jp/dp/B0BYWJDW5M

果てしないオリーブ畑に点在する白い村々、大西洋に面した緑豊かな北部の海岸地帯、ピレネー山脈から連なる荒々しい山岳地帯、地中海沿岸の素朴で美しい村々や島々、歴史を物語る丘の上の古城や、物語の舞台の様な風車の村。
30年間毎年通い続け、全土を隅々まで訪ね歩き巡り逢ったスペインの風景。
直近4年間に撮り下ろした最新作74点を含む、その集大成となる選りすぐりの142点。148ページ。

31/12/2022
一昨年に比べるとすっかりwith Covid(マスクその他制限なし)になった🇪🇸へ、毎年欠かさず今年も行って来ました。爽やかな初夏のマヨルカから始まり、2波目の異常熱波が到来する本土へ。中部のトレドでは夜間の最低気温が36℃を下回らない夜が...
21/07/2022

一昨年に比べるとすっかりwith Covid(マスクその他制限なし)になった🇪🇸へ、毎年欠かさず今年も行って来ました。
爽やかな初夏のマヨルカから始まり、2波目の異常熱波が到来する本土へ。
中部のトレドでは夜間の最低気温が36℃を下回らない夜が続いたり、大規模で消火困難な森林火災が各地で頻発したりと、異例づくしの夏ではありました。

イベリア - 晩秋 -
19/12/2020

イベリア - 晩秋 -

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Marzo_2011).【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2011年3月号)に寄稿した随想です。 カタルーニャ地...
01/02/2020

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Marzo_2011).
【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2011年3月号)に寄稿した随想です。

 カタルーニャ地方のジローナ県をあちこち訪ねてみると、思わず寄り道したくなる美しい村々が数多く点在していることが分かります。何らかの観光名所を強調するわけでもなく、村全体の景観を昔のまま丁寧に維持保存しているのです。この様に敢えて昔ながらの方法で維持修復することは費用も手間も余計に掛かるのでしょうが、他の地方でしばしば目を覆いたくなる、現代の建築手法で無造作(無残)に改装された家屋があまりない事は、カタルーニャの人々の気質の良さか、あるいは豊かさに依るものなのでしょうか。
 地中海に面して無数の入り組んだ断崖と小さな砂浜が連なるコスタ・ブラバ、そこから僅かに内陸に入っただけで豊かな森や農耕地が広がる穏やかな地域 Empordà。そこには中世の佇まいを見事に残した村が幾つもあります。
 その中の1つPals (パルス)。昔この辺りは沼湿地や干潟が広がり、村の名前も沼沢地を意味する“Palus”からきています。今ではどこも干拓されていますが、昔この一帯は頻繁に海賊の襲来を受けていたそうで、かつての沼湿地に孤立する丘の上、城壁や穀物など食料を貯蔵する強固な塔が残るパルスはいかにも往時を偲ばせます。
 ジローナの街から北西へ僅か25kmで、目を疑うほど見事な中世の姿をとどめた村が現れます。Besalú (バザルー)。あまり紹介されないのが不思議なくらいですが、確かに目当てにする様な名所も乏しいこの村の魅力はその見事な景観です。特に脇を流れるフルビア川に架かる要塞化された橋の重厚な佇まいには息を飲むことでしょう。
 バザルーから更に西へ足を延ばし、オロットの町からビックへ向かう田舎道の途中の高原に、現地では人気のある Rupitという村があります。ラテン語で「岩」を意味する“Rupes”に由来し、巨大な岩場の上に孤立して築かれた村です。今でこそ車が進入できる様になってはいますが、地元許可車両に制限されていますので、訪問者は谷に架かる吊り橋を渡って昔ながらに村へ入って行きます。頂部に聳える古城の廃墟、斜面に群がる16~18世紀の家々、そして元々の岩肌をそのまま活かした風情ある坂道。ここも間違いなく「美しい中世の村」と言えるでしょう。

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Diciembre_2010).【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2010年12月号)に寄稿した随想です。 アラ...
01/02/2020

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Diciembre_2010).
【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2010年12月号)に寄稿した随想です。

 アラゴン地方3県の中でも、州都のあるサラゴサ、ピレネー山脈に接するウエスカと比べるとテルエル県は、アラブの影響を受けた煉瓦とタイルで装飾された、ムデハル様式の5本の塔が世界遺産に登録されている県都を除くと、観光資源も少なくとても地味な地域です。3年前のサラゴサ万博までは、高速道路が通っていない唯一の県都でもありました。そんなテルエルの街から西へ約40kmの山間、まさに天然の隠里といった場所に、まるで絵画の様な村があります。
 鋭角に蛇行するグアダラビアル川に削られ、三方を囲まれて岬の様になった断崖に町並みが張り付いていて、まるでトレドを小さくした様な感じです。そして背後の丘には10世紀にモーロ人が築き、後にキリスト教徒によって拡張された城壁が連なり、独特の見事な景観を見せてくれています。
 近辺の洞窟には壁画も残っており、旧石器時代から既に人の営みがあったと確認されていますが、西ゴート時代(5-7世紀)には Santa María del Levanteと呼ばれていました。その後のコルドバ・イスラム王朝時代に Ben Razin がこの地を支配し、自身の名をとり Albarracínと改名。11世紀にコルドバ・カリフ王国が滅亡すると小王国として独立。叙事詩「我がシッドの詩」にも盟友 Santa María de Albarracín という名で登場しています。もっともこの頃は、カスティーリャ王国を追放されて手勢と共にバレンシアに移ったエル・シッドと、アルバラシンのイスラム王国だけでなく、キリスト教徒同士であるカスティーリャ王国のアルフォンソ6世やアラゴン王国も、互いに味方だったり敵だったりする面白い時代だったようです。
 現在のアルバラシンの村は山間の奥まった場所にひっそりと佇んでいますが、Razin家がこの地を支配していた頃、東はサラゴサとテルエルを結ぶ街道のある平地から、西はクエンカ山地の手前までを支配地域として栄えていたそうです。しかし結局は従属関係にあったエル・シッドが亡くなった後、勢力を拡大してきた同じイスラム教徒のムラービト朝(西サハラで勃興、マラケシュを首都とする)に滅ぼされてしまったのだそうです。
 村の家々は概ね下層が荒石積みで、上層は木枠組に薔薇色の漆喰を塗った壁で構成され、どの家も上層部が通りに張り出しています。曲がりくねった通りは古い敷石で舗装されたまま保存されており、この村もまた中世の雰囲気を色濃く残しています。ここは一般車両の進入は制限されていて、宿も土産物屋も飲食店さえもそれ程多くはないので、観光シーズンの昼間を除けば、とても静かな時を過ごせるでしょう。日暮れ時には村を背後から見下ろす丘に登り、城壁を散策しながら往時に想いを巡らせる・・・スペインの旅の醍醐味ではないでしょうか?
 ところでアルバラシンの景観の大きな特徴となっている城壁に対して、岬状の地形の中程、大聖堂の裏手にある城跡はやや影が薄い印象ですが、元々はこちらの方が築造年代は古く、内部から Razin家の宮殿跡も発掘されています。この城塞の発掘調査が始まったのはつい20世紀末のことであり、それまでは廃墟のまま放置されていました。私が最初にここを訪れた97年の頃も崩れかけて立ち入り禁止になっていたのをよく覚えています。
 現在も発掘調査は続いているため、この遺跡の見学は近くにある博物館で申し込み、ガイド付きで行われています。ガイドのお話では、調査が進むにつれてアルバラシンの歴史の内で今まではっきりしなかった部分が次第に明らかになってきているとのことです。2010年時点では、ガイド付き見学は午後1時と5時の1日2回。週末は午前にも1回あるようでした。所要時間は約1時間です。

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Septiembre_2010).【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2010年9月号)に寄稿した随想です。 アス...
01/02/2020

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Septiembre_2010).
【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2010年9月号)に寄稿した随想です。

 アストゥリアス地方は海にも面した湿潤で緑豊かな山国。その景観は紀伊半島にも似ています。またアラブ・イスラム文化の影響が最も少なく、牧草地の茅葺き小屋や木造の高床式倉庫が見られるなど、一般的スペインのイメージからはむしろ異質な雰囲気を持った地方です。
 その中の古い漁村 Cudilleroは、スペインでも常に十指に入る美しい村です。北部海岸を走る幹線道路から外れて海へ向かうと、突如入り江に向かって急勾配で落ち込む斜面に家々が張り付いて、その佇まいは正にローマ時代の半円形劇場を思わせます。
 大昔に北方からやって来たバイキングがそのまま定住したのが始まりだろうとの事ですが、特筆すべきは町割りが昔のまま維持されていて、自動車が通れるのは幹線道路から伸びてそのまま港口まで降りていく1本道だけ。それ以外は人しか行き来できない路地ばかりなのが、現代のスペインの他の村では既に見られなくなった特徴です。
 かつてはサンティアゴ巡礼の北部海岸ルート上にある主要な港町として、また北スペインでも有数な漁港として栄えたそうですが、現在では半円形劇場ステージ上には、バルとレストラン、そして観光客が陣取っています。かつての屋敷のいくつかはホテルになっていますが、車では乗り付けられず、荷物の積み卸しに一時停車することもできないので、ここで宿泊する際は村外れの防波堤にある駐車場から荷物を運ぶ事だけが玉にきずです。半円形劇場の外側、つまり港に差し掛かる手前の地区の方が宿の数はずっと多いのですが、この独特の町並みを満喫するためには、この不便な傾斜地に宿泊することをお薦めします。
 この地方ではワインよりもシドラ(林檎酒)が一般的ですが、よく見かける炭酸入りシードルとは異なり、白濁した炭酸無しの天然林檎酒が飲めるのはこの地だけです。シドラを専門に出す店は Sidreríaと呼ばれ、店員さんが頭上高く構えた瓶から低い位置に持った口の大きなグラスにビチャビチャと飛沫を上げながら注いでくれます。ですから、どこの店も床はベタベタ。しかしこれを勿体ないと思ってはいけません。激しく空気と混ぜ合わせるこの注ぎ方をするとしないとではまるで風味が違うのです。そして注いで貰ったシドラはその場で一気飲みする。折角林檎の香りを立たせても直ぐに消えてしまうからです。その為に1度に注ぐ量も2~3口分しか注ぎません。シドラのお摘みは新鮮な魚貝類でしょうが、個人的に仕上げはこの地方の名物豆煮込み Fabadaでしょうか。

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Junio_2010).【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2010年6月号)に寄稿した随想です。 サンティアゴ巡...
01/02/2020

Mis ensayos para el boletín de la Sociedad Hispánica de Nagoya (Junio_2010).
【復刻】名古屋スペイン協会の会報(2010年6月号)に寄稿した随想です。

 サンティアゴ巡礼路は、パンプローナ、ログローニョ、ブルゴス、レオンなど中世からのスペイン北部の主要な都を結んで、ピレネー山脈からガリシア地方まで伸びています。そしてそれら要衝間に広がる大平原の只中に、素朴な教会や鄙びた村々が中世の姿を色濃く残して点在しているのが大きな魅力です。今年は7月25日が日曜日と重なる聖ヤコブ年にあたるので、この機会にサンティアゴ巡礼を計画されている方もおられると思います。しかし多くの巡礼者は踏破することに集中して先を急ぐあまり、そういった貴重な文化に触れることを見逃しがちに思えます。巡礼路沿いには免罪符にスタンプをくれる教会や巡礼宿だけでなく、その地方その村落ならではの興味深い歴史や文化が必ずあります。
 今回お話しするのは、レオンの街から巡礼路を西へ60km。アストルガの町を出たら間もなく通りかかる村、Castrillo de los Polvazaresです。今でこそ、古びた凸凹の石畳と鄙びた家並みという中世そのものの佇まいに、巡礼者が心を躍らせながら通過していくような小さな村ですが、昔から王より与えられた通商特権で、ガリシア地方とマドリード間の穀物・ワイン・油・織物などの輸送を一手に担い、膨大な富を得たラバ曳き達の村でした。大きな石造りの紋章を上部に頂く豪華な門を持った家々を目にするのもその名残でしょう。
 この一帯はMaragateríaと呼ばれる地方で、古くから他の地方とは異なる血統を持った人々が暮らしている、ゴート族とモーロ人の混血という説もあるらしいのです。注意して村を歩いていると屋根の一番高い部分に水差し、またはそれを模倣した置物があるのに気づきますが、これは大地の実りや子宝など繁栄を祈願するこの辺り独特の風習です。
 この地方を訪ねるもう1つの楽しみは、知る人ぞ知る Cocido Maragato(マラガテリア風煮込み)でしょう。スペイン各地方には、それぞれ特徴のある煮込み料理がありますが、ここの煮込みの豪華さには目を見張ります。具となるのは、豚ヒレ・豚バラ・豚耳・豚足・生ハムブロック・雌牛・雌鳥・揚げパン・キャベツとガルバンソ(ひよこ豆)。そしてこれらを平らげた後で、煮汁にパスタを入れてスープとして戴きます。どんなお味かは推して知るべし。

住所

Nagakute, Aichi

ウェブサイト

アラート

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