Moemi Nakakoji

Moemi Nakakoji Painter / Japan

るも rumo 2026, oil on canvas, 33.3×33.3cmPrivate Collection -©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes——————————個展「せか...
16/08/2026

るも rumo
2026, oil on canvas, 33.3×33.3cm
Private Collection
-
©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes
——————————

個展「せかいをみつめる」
2025年4月20日(月)- 4月25日(土)
Oギャラリーeyes/大阪


ある晴れた日、ベランダで植物に水をあげていた。
くすんだ色の葉がみるみる鮮やかな緑になって輝きだしたのを見ていると、キラッとした。あ、と思ったときには小さい虹が目の前にあった。
風が吹いて濡れた手の冷たさと土の匂いを感じた時、「自分はまだ何も知らないんだな。」と思った。
あの時私は確かに世界に触れたのだ。

こんな風に感じるのは決して特別な時ではない。ただ街を歩いている時でも、ぼんやりと眺めている時でも、はっとして世界に気がつくのだ。

植物の緑。土の匂い。水飛沫と、虹と、体の振動、光、温度。バラバラにならないように束ねたいと思うが、思い出そうとすると段々ぼやけていき、やがて掴みきれずに霧散してしまう。こうして徐々に遠い記録になっていくのだろう。
しかし、あの瞬間は確かにあったのだと、全てを描きたい。

だが全てを束ねることは非常に難しい。むにゃむにゃが生まれたようにみえても、まだ、ただのかたちがあるだけでせかいが立ち上がっておらず、言葉や筆が画面を撫でているだけであったりするのだ。
私たちは形を見ることに慣れていて、すぐにそこから何かをイメージすることができるが、それを頼りにしてしまうと絵のせかいではなく現実の世界に返ってしまう。

まなざしをもっと、もっと深くして覗き込んだ時、私は色によって絵のせかいへ入ってゆくのを感じた。それは同時に意識が頭から、体内へと潜るような感覚だ。
生成されゆくむにゃむにゃに命を吹き込むのは自身の感覚でもって受け止めた光や匂いたちなのだ。

私はいつも絵の中を散歩してもらえたらと思っている。近くて遠い、むにゃむにゃしたせかい。
目で触りながらせかいを歩く時——それはすなわち意識が体内へと落ちる時——私がみた光や匂いたちと出会い、そしてあなたがいつか見た光や匂いたちにもたどり着くのだろう。

——————————————
#個展
#大阪ギャラリー
#中小路萌美

ことと kototo 2026, oil on canvas, 33.3×33.3cm-©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes——————————個展「せかいをみつめる」2025年4月20...
11/08/2026

ことと kototo
2026, oil on canvas, 33.3×33.3cm
-
©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes
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個展「せかいをみつめる」
2025年4月20日(月)- 4月25日(土)
Oギャラリーeyes/大阪


ある晴れた日、ベランダで植物に水をあげていた。
くすんだ色の葉がみるみる鮮やかな緑になって輝きだしたのを見ていると、キラッとした。あ、と思ったときには小さい虹が目の前にあった。
風が吹いて濡れた手の冷たさと土の匂いを感じた時、「自分はまだ何も知らないんだな。」と思った。
あの時私は確かに世界に触れたのだ。

こんな風に感じるのは決して特別な時ではない。ただ街を歩いている時でも、ぼんやりと眺めている時でも、はっとして世界に気がつくのだ。

植物の緑。土の匂い。水飛沫と、虹と、体の振動、光、温度。バラバラにならないように束ねたいと思うが、思い出そうとすると段々ぼやけていき、やがて掴みきれずに霧散してしまう。こうして徐々に遠い記録になっていくのだろう。
しかし、あの瞬間は確かにあったのだと、全てを描きたい。

だが全てを束ねることは非常に難しい。むにゃむにゃが生まれたようにみえても、まだ、ただのかたちがあるだけでせかいが立ち上がっておらず、言葉や筆が画面を撫でているだけであったりするのだ。
私たちは形を見ることに慣れていて、すぐにそこから何かをイメージすることができるが、それを頼りにしてしまうと絵のせかいではなく現実の世界に返ってしまう。

まなざしをもっと、もっと深くして覗き込んだ時、私は色によって絵のせかいへ入ってゆくのを感じた。それは同時に意識が頭から、体内へと潜るような感覚だ。
生成されゆくむにゃむにゃに命を吹き込むのは自身の感覚でもって受け止めた光や匂いたちなのだ。

私はいつも絵の中を散歩してもらえたらと思っている。近くて遠い、むにゃむにゃしたせかい。
目で触りながらせかいを歩く時——それはすなわち意識が体内へと落ちる時——私がみた光や匂いたちと出会い、そしてあなたがいつか見た光や匂いたちにもたどり着くのだろう。

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#個展
#大阪ギャラリー
#中小路萌美

りやう riyau 2026, oil on canvas, 33.3×33.3cm-©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes——————————個展「せかいをみつめる」2025年4月20日...
09/08/2026

りやう riyau
2026, oil on canvas, 33.3×33.3cm
-
©Moemi Nakakoji / photo credit:O Gallery eyes
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個展「せかいをみつめる」
2025年4月20日(月)- 4月25日(土)
Oギャラリーeyes/大阪


ある晴れた日、ベランダで植物に水をあげていた。
くすんだ色の葉がみるみる鮮やかな緑になって輝きだしたのを見ていると、キラッとした。あ、と思ったときには小さい虹が目の前にあった。
風が吹いて濡れた手の冷たさと土の匂いを感じた時、「自分はまだ何も知らないんだな。」と思った。
あの時私は確かに世界に触れたのだ。

こんな風に感じるのは決して特別な時ではない。ただ街を歩いている時でも、ぼんやりと眺めている時でも、はっとして世界に気がつくのだ。

植物の緑。土の匂い。水飛沫と、虹と、体の振動、光、温度。バラバラにならないように束ねたいと思うが、思い出そうとすると段々ぼやけていき、やがて掴みきれずに霧散してしまう。こうして徐々に遠い記録になっていくのだろう。
しかし、あの瞬間は確かにあったのだと、全てを描きたい。

だが全てを束ねることは非常に難しい。むにゃむにゃが生まれたようにみえても、まだ、ただのかたちがあるだけでせかいが立ち上がっておらず、言葉や筆が画面を撫でているだけであったりするのだ。
私たちは形を見ることに慣れていて、すぐにそこから何かをイメージすることができるが、それを頼りにしてしまうと絵のせかいではなく現実の世界に返ってしまう。

まなざしをもっと、もっと深くして覗き込んだ時、私は色によって絵のせかいへ入ってゆくのを感じた。それは同時に意識が頭から、体内へと潜るような感覚だ。
生成されゆくむにゃむにゃに命を吹き込むのは自身の感覚でもって受け止めた光や匂いたちなのだ。

私はいつも絵の中を散歩してもらえたらと思っている。近くて遠い、むにゃむにゃしたせかい。
目で触りながらせかいを歩く時——それはすなわち意識が体内へと落ちる時——私がみた光や匂いたちと出会い、そしてあなたがいつか見た光や匂いたちにもたどり着くのだろう。

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#個展
#大阪ギャラリー
#中小路萌美

展示風景4———————個展「目のさんぽ」2026年7月6日(月)- 7月12日(日)Oギャラリー/東京———————散歩をしている時、なにをみていますか。景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思い...
23/07/2026

展示風景4

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個展「目のさんぽ」
2026年7月6日(月)- 7月12日(日)
Oギャラリー/東京

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散歩をしている時、なにをみていますか。
景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思います。

ぼんやり歩いていたら茂みに猫がいることに気がついて、ついしゃがんだら地面の暑さを感じたり。
コンクリートの隙間には小さい花が咲いていて、葉っぱに触ると少しひんやり。
人が来たから慌てて立ち上がってまた歩き始めると、夜の匂いが通り抜けて、山が夕方の色に染まり始めている…

遠くをみて近くを見て、また遠くを見て…次第に何を見る・考えるということではなく、全身でそこにいることを受け止めていく気がします。
何の気なしに歩く中で、世界はじわりと立ち上がってゆく。

私は絵をみる時「絵の中を歩く・泳ぐ」と表現します。
表面的なイメージだけを受け取るのではなく、絵の中まで入らなければ本当のところがわからないと思っているからです。
匂いや肌触りを感じながら散歩をしている時と同じように、色の端々を追い、かたちに沿ってゆくと徐々にあちらこちらへ、奥へと誘われます。
そうして何をみるでもなくなった時、色とかたちとあなたが共鳴して、絵画という自然のなかに立っているのです。

いったいどこにゆけるのでしょうか。
わかりませんが、散歩に答えがないように、私は今日もこの世界(せかい)はなんだろうという問いを抱えたまま歩くのだと思います。

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#銀座ギャラリー #oギャラリー
#中小路萌美 

展示風景3———————個展「目のさんぽ」2026年7月6日(月)- 7月12日(日)Oギャラリー/東京———————散歩をしている時、なにをみていますか。景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思い...
23/07/2026

展示風景3

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個展「目のさんぽ」
2026年7月6日(月)- 7月12日(日)
Oギャラリー/東京

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散歩をしている時、なにをみていますか。
景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思います。

ぼんやり歩いていたら茂みに猫がいることに気がついて、ついしゃがんだら地面の暑さを感じたり。
コンクリートの隙間には小さい花が咲いていて、葉っぱに触ると少しひんやり。
人が来たから慌てて立ち上がってまた歩き始めると、夜の匂いが通り抜けて、山が夕方の色に染まり始めている…

遠くをみて近くを見て、また遠くを見て…次第に何を見る・考えるということではなく、全身でそこにいることを受け止めていく気がします。
何の気なしに歩く中で、世界はじわりと立ち上がってゆく。

私は絵をみる時「絵の中を歩く・泳ぐ」と表現します。
表面的なイメージだけを受け取るのではなく、絵の中まで入らなければ本当のところがわからないと思っているからです。
匂いや肌触りを感じながら散歩をしている時と同じように、色の端々を追い、かたちに沿ってゆくと徐々にあちらこちらへ、奥へと誘われます。
そうして何をみるでもなくなった時、色とかたちとあなたが共鳴して、絵画という自然のなかに立っているのです。

いったいどこにゆけるのでしょうか。
わかりませんが、散歩に答えがないように、私は今日もこの世界(せかい)はなんだろうという問いを抱えたまま歩くのだと思います。

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#銀座ギャラリー #oギャラリー
#中小路萌美 

展示風景2———————個展「目のさんぽ」2026年7月6日(月)- 7月12日(日)Oギャラリー/東京———————散歩をしている時、なにをみていますか。景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思い...
23/07/2026

展示風景2

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個展「目のさんぽ」
2026年7月6日(月)- 7月12日(日)
Oギャラリー/東京

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散歩をしている時、なにをみていますか。
景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思います。

ぼんやり歩いていたら茂みに猫がいることに気がついて、ついしゃがんだら地面の暑さを感じたり。
コンクリートの隙間には小さい花が咲いていて、葉っぱに触ると少しひんやり。
人が来たから慌てて立ち上がってまた歩き始めると、夜の匂いが通り抜けて、山が夕方の色に染まり始めている…

遠くをみて近くを見て、また遠くを見て…次第に何を見る・考えるということではなく、全身でそこにいることを受け止めていく気がします。
何の気なしに歩く中で、世界はじわりと立ち上がってゆく。

私は絵をみる時「絵の中を歩く・泳ぐ」と表現します。
表面的なイメージだけを受け取るのではなく、絵の中まで入らなければ本当のところがわからないと思っているからです。
匂いや肌触りを感じながら散歩をしている時と同じように、色の端々を追い、かたちに沿ってゆくと徐々にあちらこちらへ、奥へと誘われます。
そうして何をみるでもなくなった時、色とかたちとあなたが共鳴して、絵画という自然のなかに立っているのです。

いったいどこにゆけるのでしょうか。
わかりませんが、散歩に答えがないように、私は今日もこの世界(せかい)はなんだろうという問いを抱えたまま歩くのだと思います。

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#銀座ギャラリー #oギャラリー
#中小路萌美 

個展「目のさんぽ」終了いたしました。お暑い中お越しくださった皆様、誠にありがとうございました。今回あちこちさんぽできる様に作品数を多く、カラフルなものを選んでいきました。楽しんでいただけたのなら幸いです。次回も世界(せかい)をどのようにみて...
19/07/2026

個展「目のさんぽ」終了いたしました。
お暑い中お越しくださった皆様、誠にありがとうございました。
今回あちこちさんぽできる様に作品数を多く、カラフルなものを選んでいきました。
楽しんでいただけたのなら幸いです。

次回も世界(せかい)をどのようにみているのか、自分なりに色とかたちにしていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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個展「目のさんぽ」
2026年7月6日(月)- 7月12日(日)
Oギャラリー/東京

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散歩をしている時、なにをみていますか。
景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思います。

ぼんやり歩いていたら茂みに猫がいることに気がついて、ついしゃがんだら地面の暑さを感じたり。
コンクリートの隙間には小さい花が咲いていて、葉っぱに触ると少しひんやり。
人が来たから慌てて立ち上がってまた歩き始めると、夜の匂いが通り抜けて、山が夕方の色に染まり始めている…

遠くをみて近くを見て、また遠くを見て…次第に何を見る・考えるということではなく、全身でそこにいることを受け止めていく気がします。
何の気なしに歩く中で、世界はじわりと立ち上がってゆく。

私は絵をみる時「絵の中を歩く・泳ぐ」と表現します。
表面的なイメージだけを受け取るのではなく、絵の中まで入らなければ本当のところがわからないと思っているからです。
匂いや肌触りを感じながら散歩をしている時と同じように、色の端々を追い、かたちに沿ってゆくと徐々にあちらこちらへ、奥へと誘われます。
そうして何をみるでもなくなった時、色とかたちとあなたが共鳴して、絵画という自然のなかに立っているのです。

いったいどこにゆけるのでしょうか。
わかりませんが、散歩に答えがないように、私は今日もこの世界(せかい)はなんだろうという問いを抱えたまま歩くのだと思います。

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#銀座ギャラリー #oギャラリー
#中小路萌美 

散歩をしている時、なにをみていますか。景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思います。ぼんやり歩いていたら茂みに猫がいることに気がついて、ついしゃがんだら地面の暑さを感じたり。コンクリートの隙間には...
10/07/2026

散歩をしている時、なにをみていますか。
景色をなんとなく眺めながら歩く日もあれば、目的を決めて歩く日もあったりと様々だと思います。

ぼんやり歩いていたら茂みに猫がいることに気がついて、ついしゃがんだら地面の暑さを感じたり。
コンクリートの隙間には小さい花が咲いていて、葉っぱに触ると少しひんやり。
人が来たから慌てて立ち上がってまた歩き始めると、夜の匂いが通り抜けて、山が夕方の色に染まり始めている…

遠くをみて近くを見て、また遠くを見て…次第に何を見る・考えるということではなく、全身でそこにいることを受け止めていく気がします。
何の気なしに歩く中で、世界はじわりと立ち上がってゆく。

私は絵をみる時「絵の中を歩く・泳ぐ」と表現します。
表面的なイメージだけを受け取るのではなく、絵の中まで入らなければ本当のところがわからないと思っているからです。
匂いや肌触りを感じながら散歩をしている時と同じように、色の端々を追い、かたちに沿ってゆくと徐々にあちらこちらへ、奥へと誘われます。
そうして何をみるでもなくなった時、色とかたちとあなたが共鳴して、絵画という自然のなかに立っているのです。

いったいどこにゆけるのでしょうか。
わかりませんが、散歩に答えがないように、私は今日もこの世界(せかい)はなんだろうという問いを抱えたまま歩くのだと思います。

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個展「目のさんぽ」
2026年7月6日(月)- 7月12日(日)
12:00 - 19:00 ※12日(日)は11:00-16:00まで
Oギャラリー/東京

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#個展情報
#銀座ギャラリー #oギャラリー
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神田紺屋町46アルタビル6階
Chiyoda-ku, Tokyo
1010035

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